20年前の震災の日 あの日あの場所で思ったこと
2015-01-17 08:00
みなさま おはようございます
毎日寒いですね
相変わらず
「寒い寒い」とつぶやいている いさみです
みなさま お元気でお過ごしでしょうか?
今日はちょうど
「阪神淡路大震災」から20年
当時わたしたちは 夫の転勤で
兵庫県宝塚市に住んでいました
思い返せば「阪神淡路大震災」以来
あの時あの場所にいたたわたしは
みなさまにたくさんのことをお伝えしなければ・・・
といつも思っていました
そして
今日が偶然にもブログの当番
これもきっと何かのご縁だと思い
書かせていただきます
あの朝 ものすごい揺れで目が覚めました
当時4歳だった息子「Tき」=今24歳に
「覚えてる?」と聞くと
「お父さんが羽毛布団を掛けて守ってくれたよ」と
鮮明に覚えていました
私はというと・・・
大きな揺れの中で 子供たちを守るのが必死で
「音」の記憶がまったくありません
ものすごい揺れのなかで
ものすごい音がしたと思うのですが
その時のわたしには
なんの「音」も聞こえませんでした
必死だったのだと思います
震災直後の部屋の中です
これはいちおう?
リビングとして使っていた部屋の写真です
棚一面にたくさんの観葉植物を置いていたのですが
下に落ちてしまい
部屋は土まみれになっていました
そして 地震の数時間前の話
いつもはおとなしい娘「Mゆ」=1歳になったばかり・・・が
その夜に限って珍しく泣いたので
よしよしなんて思い そばに連れてきたのもつかの間
怖ろしい地震が起こったのです
揺れがおさまって
とりあえず 懐中電灯を取りに行こうとしたら
いつも娘が眠っていたところにタンスが倒れていて・・・
思わず涙があふれてしまいました
タンスが倒れたことさえわかりませんでした
きっとものすごい「音」だったのでしょうね・・・
もしかして「Mゆ」には
というより赤ちゃんには
不思議な能力があるのかもしれません
懐中電灯を取りに行った夫は
ガラスを踏んだのか
足から血を流していました
当たり前の日常が当たり前ではなくなった時
わたしたちどうするのか?
どうすればいいのか・・・
20年間ずっと考え続けています
つづく